打ち上げ花火の世界
目次
- はじめに
- 岩井俊二を知った日
- 作品に関する履歴
- 放映日 9月2日か? 8月26日か?
- 男には、見栄とプライドがある(祐介の弁護)
- 典道たちは何年生?
- なずなの気持ち
- なずなという名
- 危うし! 〔打ち上げ花火〕に上層部の横槍?
- 岩井俊二の泊まった宿は?
- なっとうをおいしくたべるには ハッハ
- ラストシーン 花火は一発か? 複数発か?
- 梅雨を過ぎてもイイ感じで咲いている紫陽花の謎
- 〔Forever Friends〕を歌っている人は?
- 鬼の形相・母の気持
はじめに
ここには、打ち上げ花火に関する様々な思いや見解、謎解き、
どうでもよいような理屈や述懐がつめこまれています。
岩井俊二を知った日
わたしの幼なじみ・キタからその名を聞いたのは、大学も卒業をひかえた正月のある日のことでした。
話題の映画「スワロウテイル」の監督とのこと。
「某ゲーム雑誌にて紹介されていたビデオを、当時付き合っていた人と一緒に見たら、洒落にならない内容だった」
という話題を、私が持ち出したのが発端でした。
不安定で繊細な映像美をもつそのビデオは「undo」と云いました。
同じく岩井俊二監督の作品とのこと。
岩井俊二に少し興味がわいてきたわたしが更に意外な事実を知ったのは、次の瞬間。
まさかその時になって、三年半も前に見たきりの一時間ドラマの名が出てこようとは、想像もしてませんでした。
東京へ戻ったわたしは、ビデオをレンタルしてきました。
はまりました。
私にとりついた岩井病は、やがて、他の友人知人へも感染していきました。
作品に関する履歴
〔打ち上げ花火 下から見るか? 横から見るか?〕は、岩井俊二にとっての、
それこそ運命の代表作と言ってよいと思います。
この作品が日本映画監督協会新人賞を獲得したことから、岩井俊二の運命は大きく変転しました。
〔世にも奇妙な物語〕の後継番組としての〔if もしも〕シリーズは、木曜八時台のオムニバス形式のドラマであり、〔打ち上げ花火……〕はそこで放映されたドラマの中の一つに過ぎませんでした。
でもその放映当時、たかが一介のドラマとしてはあまりの出来のよさに、感嘆の思いで見た人は多かったと思います。
実際、その日のわたしの日記には、
「 今回のifはよかった。成熟しつつある小学生たちの、友情や恋の物語。
演出も雰囲気も非常によい。花火を軸としたお話。ラストシーンで、
まいってしまった。いい感じ」
と、わざわざ記しているくらいなのですから。
それほど、他の単発ドラマとは明らかに一線を画すものがありました。
そして翌年の新人賞・受賞。
わたしが岩井俊二の名を意識したのは、それから三年半も後のこととなりました。
この作品をレンタルビデオで再見し、たちまちそれはわたしにとっての『映画No,1』として燦然とした輝きを放つようになりました。
〔打ち上げ花火……〕のLD、そしてDVDを手に入れて以来、飽きもせずに幾度となく観たものです。
見るほどに、けちのつけようがない、丁寧な作品だと感じてしまいます。
映像も美しければ、音楽も体にしみ込むほどの心地よさ。
たかだか一発放映のドラマに、この岩井俊二という監督(脚本も)は全く手をぬきません。その誇りある姿勢に、感服せざるを得ません。
それ以前の作品〔GHOST SOUP〕・〔FRIED DRAGON FISH〕等を見てもそれは明らかでしょう。
これら二つの作品は深夜枠にて放映されていましたけれど、いずれも〔打ち上げ花火〕と同じくビデオ化されています。
ただし、どんな作品にも欠点はあるもの。
それは〔if もしも〕としての、パラレルワールド形式が痕跡をとどめていること。
典道と祐介、どちらがプール競争で勝ったかによって、二種類の物語が展開されるのです。
私などは却ってそれが味と感じる方だが、「if もしも」のことをご存知ない人の中には、これが不自然で理解しがたい物語構成だとする者がいるのは事実。
ひどいのになれば、物語後半の、典道が勝ってなずなとかけおちするバージョンのことを、前半でプール勝負に負けてなずなが悲しみの結末を迎えたことを目の当たりにした典道の妄想だと解釈していた人がいるくらいですから。
でも〔if もしも 〕 のドラマ形式を知らないで見たところで、そこまで理屈っぽく考えるのは野暮の至りだと、わたしは思うのですが・・・。
GHOST SOUP
1992年クリスマスの季節に放映された、深夜番組。
まだロングヘアだった頃の鈴木蘭々を見ることができる。
クリスマスをテーマとした、心温まるストーリで、
岩井俊二監督は毎年クリスマスシーズンに必ず見るという。
FRIED DRAGON FISH
1993年春に深夜番組として放映された。
そこはかとなく漂うハードボイルドな雰囲気。無垢な殺し屋・ナツロウ。根強い人気を誇る。
主演は浅野忠信。
放映日 9月2日か? 8月26日か?
フジテレビの公式記録によると、オンエアは9月2日となっています。
「9月2日 OA 見て下さい」
とあります。
でも、先に引用した私の日記は、8月26日の日付です。
こうした日記は毎日書くもので、その日の台風のこともしっかり記されているのですから、間違っているはずはありません。
実は93年の8月当時、誘拐事件の話題がひろまっていました。そして当の8月26日放映予定だった〔if もしも〕は、
〔誘拐するなら 男の子か? 女の子か? 〕
これは、いくらなんでもまずい・・・。
かくして、〔打ち上げ花火 下から見るか? 横から見るか?〕は、そんな不測の事体の中で予定を繰り上げられ、編集作業が終了したのがオンエアの4時間前……!
折からの台風のお陰で、視聴率は増大したと言われています。
男には、見栄とプライドがある?!(祐介の弁護)
およそ小学生くらいまでの男の子は、色恋沙汰に興味はあったとしても、それは極めて希薄なのではないでしょうか。
そんなものより、男同士の義理や見栄を選ぶ傾向にあるようです。
わたしの単なる主観かのかもしれませんが・・・。
好きな娘がいても、他の子とつるんでいじめたりのは、よくある光景。
もしくは、好きな娘ほど率先していじめるのは、その「好き」という気持ちを悟られないためのカモフラージュであり、照れだと思います。
「あんなブス、好きなわけないじゃん」
と言い切った祐介のセリフは、少年の心理としてごくごく自然なものだったと云えるのではないでしょうか。
もちろん、当の女の子にとっては迷惑きわまりない言葉ではありますけれど。
考えてみれば、大人になっても男にはこういう部分が残っているような気がします。
愛する女性よりも、見栄と体裁のために社交を選ぶアルゴリズムが、男性にはインプットされているのかも。
もちろんそれは、人によりけりですけどね。
なにはともあれ、一見、軽薄そうに見える祐介の言動は、しっかりと男の性向を体現しているものと言ってもよいと思います。
とかく悪者あつかいされる祐介。
でも、そういう男の子の心理を踏まえた上で、彼の気持ちも汲んでやりましょうか。
典道たちは、何年生?
この年代は、そろそろ成長期へ入る子と、まだまだ幼い子と、個人差が激しくなりはじめる頃でしょう。
みのるは、あの通り身体は小さいし、林くんは変声期に入りはじめています。
なずなに至っては、中学生にすら見えます。
とはいえ、物語の状況をざっと見れば、小学校の高学年とおおよその見当はつくもの。
問題は、それが五年生なのか六年生なのか・・・。
嬉しいことに、岩井監督はちゃんとそれを実証する重要な手がかりを残してくれました。
結論からいうと、彼らは六年生です。
それは、
- オンエアは’93年
- 物語後半、かずひろのセリフ「犬年のくせに、早生まれのくせに」
これら二つの材料から考慮してみると、典道たちは’81年・鶏年生まれの六年生ということになります。(林くんだけは犬年)
他にも、
林くん「まだ剥けねえじゃねえか」
祐介 「なずな、どうしたの? 生理?」
などのセリフからも、いよいよ成長期へ入りつつある彼らを感じることができます。
それにしても……。
「早生まれのくせに、犬年のくせに」
などと、少し知識がかった罵倒をあびせるあたり、いかにも優等生らしいかずひろ君ですね。
そんな彼も、近未来の『円都』では、すっかりグレて不良の仲間入りを果たしていたりするのでありました・・・。
追加情報
脚本によると、典道たちのクラスは〔6年2組〕であることが判明しました。
なずなの気持ち
〔if もしも〕で、司会のタモリは、
「典道、祐介、どちらが勝ったにせよ、転校してゆくなずなの悲劇は変わらないのです」
とコメントしていましたけれど、それは違うと思います。
結果が同じであっても、経過によって内実は大いに異なってゆくものです。
タモリは、なずなの気持ちをよく判っていないのではないでしょうか。
「気が済んだ」と「気が済まない」とでは、物理的な違いは些少でも心に与える影響は大きく、場合によってはその後の人生に多大な影響を与えることすらあります。
飯岡駅で、かけおちが本物となる一歩手前までゆくことにより、なずなの心は大いに満たされたはず。
あの『かけおち』は、半分本気の『ごっこ遊び』のようなもの。
かけおちの始まり、あのバス停の前で、わざとらしく、
「あ〜あ、開いちゃった・・・」
トランクを開けた時の、なずなのいたずらっぽい笑み。
そこから、なずなの『魔法の時間』は始まりました。
勝手と云えば勝手。
慥かに典道もなずなのことが好きです。
でも、彼の気持ちに関わらず、なずなとしては、そう行動するより他になかったと思います。
かけおちをした後の、二人の生活を想像し、それを語って・・・。
余りに子供じみた、現実を知っているようで知らない夢物語。
それでも、なずなは典道よりも一歩大人の領域にいましたけれどね。
口紅をつけて、好きな人に、女としての自分を(どきどきしながら)見せて・・・。
いよいよ電車が来るという、その瞬間、魔法の時間は終わりました。
終わらせなければなりませんでした。
「え? 何の切符? ・・・・・・あ、バス来てるじゃん。帰ろ!」
母親と共にこの町を去る現実からは逃れられないことを、なずなはわきまえていました。
女の子ゆえの成熟であり現実性であり、ロマンスでした。
だからこその、束の間の逃避行。
両親の離婚でこの町を去らなければならないことへの、この曇った心を、どうすればいいのか・・・典と祐介の二人がいるプールで寝そべりながら、ふと思い付いた一つの計画。
典道が勝つという確信の元に思い付いた計画。
・・・。
夜のプールで、遠くに花火の音が響きわたるのを聞いたとき、思いもかけず、なずなの心は揺さ振られました。
典道には見られたくはなかったし、見られるわけにはいきませんでした、涙を。
あの、プールへ入る瞬間の、なずなのいたずらっぽい笑みを思い出してみてください。
その笑顔の裏にある、なずなの気持ちを感じ取ってください。
プールの水は、なずなの心を鎮めてくれました。
典道は、プールの水のような存在でした。
物語は、典道の視点を中心にして動いていますが、けれども、やはり本当の主人公は、なずな。
少なくとも、わたしにとっては。
引越しの日、なずなは意外なほどの素直さで、母親とともに飯岡町を去っていった・・・そんな風に、わたしには思えます。
・・・。
「今度会えるの、二学期だね・・・楽しみだね」
なずなという名
平仮名三文字で、なずな。
音の響きも、字の見た目にもかわいい名前ですね。
漢字で書くと「薺」となり、よくぞこんな難しい字がネットに表記されたものだと感心すらしてしまいます。
春の七草のひとつであり、開花時期は一月下旬から五月半ばまで。
もともと「撫菜(なでな)」から変化したと云います。
試みに、春の七草をすべて挙げてみると、
- 芹(せり)−−−−−−−川辺・湿地に生える
- 薺(なずな)−−−−−−ペンペン草
- 御形(ごぎょう)−−−−母子草
- 繁縷(はこべ)−−−−−小さい白い花「はこべら」
- 菘(すずな)−−−−−−蕪(かぶ)
- 蘿蔔(すずしろ)−−−−大根
- 仏の座(ほとけのざ)−−正しくは田平子(たびらこ)
毎年一月七日に「七草粥」として食べるのが日本古来からのならわしです。
食べると、災いを除け、長寿富貴を得られると云われます。
しかし、ようするにぺんぺん草のことなのですが・・・。
危うし! 〔打ち上げ花火〕に上層部の横槍?
オンエア直前、編集作業が完了したのは数時間前だと前にも述べましたけれど、完成したVTRを見たフジテレビ上層部の人間は、
「なんじゃこりゃあ! 深夜番組じゃねえんだぞ!」
その、あまりに個性的な映像に、怒鳴ってしまったと云います。
ゴールデンタイムに放映されるのは、万人の批判を受けないような無難な代物がいいのですけれど、しかしこれまでに無かった、溜息の出るほどに美しい映像に惹かれ、岩井俊二作品を深く心に留めた視聴者が大勢いたのは、動かない事実。
わたしもその一人ということになります。
さて、放映時間が、いよいよ迫ります。
まさか誘拐事件ネタを電波に乗せるわけにはゆかず、結局〔打ち上げ花火〕は、一部の人間の心配をよそに、しっかり日本全国へと感動を届けたのでした。
もし誘拐事件問題が発生せず、予定通り9月2日に放映されるようなことにでもなっていれば、中止にならないまでも、センスのない一部の人間の意向によって〔打ち上げ花火〕は横から見ようが下からみようが、味気ない作品にされてしまったかもしれません。
誘拐という悲劇が、それから後の数々の岩井作品を世に送る手助けをし、数多の笑顔を作り出したことを考えると、世の中って、面白いものだと感じられます。
岩井俊二の泊まった宿は?
撮影中にスタッフや俳優たちの泊まった宿が、かならず存在するはず。
そしてそれは、飯岡町の付近でなければ困ります。
ある筋から入手した情報によると、やっぱりありました、その名も『ホテル・サンモール』。
これはビジネスホテルで、飯岡町から車で十五分ほどの旭市にあります。
けれども、ホテルの人の話によると、撮影隊の泊まったような記憶がないとのことです。
う〜ん・・・謎は深まります。
なっとうをおいしくたべるには ハッハ
冒頭のシーンで、典道がテレビで観ているポンキッキーズの歌。
この歌は、シングルCD〔オーレ!チャンプ〕のカップリング曲なのです。
ポニーキャニオンから800円で発売。
ただし、今も発売されているかは、疑問ですけれど。
*マークが男パート、@マークが女パートです。
(この情報は、岩井メーリングリストにて入手しました)
「なっとうをおいしくたべるには」作詞:永井寛孝/作曲・編曲:竹田えり
歌:永井寛孝 と おっ.ぺれった
*他人の家ならいざ知らず 我が家ではこうありたい
@納豆をおいしく食べるには 納豆をおいしく食べるには
*いちに材料 にに手順 器に材料とりいだし
お箸でよーくかき混ぜる このとき納豆は目覚めます
@「あたしいよいよデビューするのね」
*思えばこれまで長かった 愛と涙の日々だった
納豆さんは最初から 納豆だったわけじゃない
@ふるさと畑を後にして 大豆は修行の旅に出る
*じんわりむされたその上に 納豆菌をばふりかけて
優しくつつまれ眠ります スヤスヤスヤっと眠ります
@目覚めたときには生まれ変わるの ほらほらあたしは糸引き納豆
*+@いっぱいいっぱい糸ひいて かいこのようにまゆになり
おいしさじわっとつむぎます じわじわじわっとつむぎます
納豆をおいしく食べるには 納豆をおいしく食べるには
*(台詞)さぁーそれでは納豆さんの素敵なお友達をご紹介致しましょう。
スリムな体の「あさつき」さーん!(わー)
我が身を削って納豆を包む「かつおぶし」さーん!(わー)
そして、あまったれた納豆にぴりっとカツをいれる「からし」さーん(わー)
@(台詞)ありがとう!ありがとう!
「納豆は、納豆は… みなさんあっての納豆です!!」
(歌)そしてお好みのたれかけて おいしくおいしく召し上がれ
ありがとうあさつきさん かつおぶしさん からしさん!
(台詞)私、納豆に生まれて幸せでした!
納豆をおいしく食べるには 納豆をおいしく食べるには
ラストシーン 花火は一発か? 複数発か?
あのラストシーンを観て、大方の人は
「残り玉一発の割には、随分と派手だこと」
と思われたことでしょう。
「あれは絶対に一発じゃない」
と、つまらないケチを付ける野暮もいるようです。
でも、あれはやはり一発だったと考えるのが妥当です。
- まずは、視聴者からの視点
- それから、見上げる典道の視点
- さらに、灯台の上からの和弘たちの視点
- そして決定的な要因は、『小割り』という種類の花火があるという事実
花火業者さんをされている方からの情報によると、恐らくあれは『小割り』と呼ばれる種類の花火なのでは、とのことでした。(感謝)
わたし、最初は『スターマイン』だと思ったのですが、それは花火の種類のことではなく、打ち上げ方の種類であると、その業者さんからご指摘をいただきました。
一発打ち上げて、それが「バラバラ」と連鎖する華麗な花火は『小割り』だったと考えてよさそうです。
映像上の演出も加味し、あんなに派手に、複数発に見えるのでしょう。
梅雨を過ぎてもイイ感じで咲いている紫陽花の謎
夜の校舎へ忍び込む、幻想的ともいえる美しいシーン。
RIMEDIOSの音楽の流れる中、アジサイがほのかなる月の光にうかびあがる……。
ちょっと待った! !
アジサイは梅雨の花なのでは? という疑問が、このHP来訪者さんから寄せられました。
あまりに自然で美しい演出に、なるほど、わたしなどはまったく疑問にも思うことなく、そのまま流して観ていました。
言われてみて、初めて気になりました。
そこで調べてみました、アジサイの開花時期。
地方によってアジサイの開花時期には違いがあって、場所によってはコスモス(!)の隣に堂々と咲いている場合もあるようですけど……。
飯岡での開花は、6月20日あたりから。
そしてその開花期間は、約2ヶ月。
という訳で、花火大会のあった8月1日には、まだまだ立派に咲いているということが立証されたのであります。
〔Forever Friends〕を歌っている人は?
時々、
「REMEDIOSって、どんな人?」
とか、
「あの英語の歌って、誰が歌っているの?」
という質問が、メールで寄せられて来ます。
単刀直入に言って、あれは〔麗美〕という日本人アーティストです。
岩井俊二はコメントしました。
「Forever Friendsはその当時トモダチルートでしか手に入らない幻の逸品と化していたので、清水Dはトモダチ特権であの曲を使えたというカラクリです。
現在は「打ち上げ花火」のサントラに入ってます。聴くとわかりますが、あれは「打ち上げ花火」の時に作った曲なので、ちょっと変則的なアレンジになってます。
たかが一回きりの単発ドラマで僕たちはスタジオまで借りてあの曲をレコーディングしていたのです。
当時はレコードになるなんて思ってもみなかったので、本当によかったよかった。」
これだけのコメントでは背景がよく見えないですが、それはともかく、麗美のことを。
麗美は、松任谷由美系統の歌手です。
というより、松任谷由美の弟子的存在だと聞いたことがあります。
その歌声は、松任谷由美をさらにキンキンに高くしたものだそうで。
この稿を書いているわたしは〔Forever Friends〕以外でまた麗美の歌を聴いたことはありませんが。
〔Forever Friends〕を手に入れたい方は、
〔打ち上げ花火 下から見るか? 横から見るか?〕のサントラを入手しましょう。
ポニーキャニオンより発売 定価2.000円
製造番号 PCCR00217
初回・96.7.19 再版・98.7.18まで
鬼の形相・母の気持
家出を企んだものの、祐介に裏切られ、その想いの一端を、典道へ呟くなずな。
「俺は、裏切らないよ」
「どうかな・・・裏切るよ、きっと・・・」
角を曲がったところで、母に見つかったなずなが、必死に逃げて、典道に助けを求めるあのシーン。
まるで、鬼のような形相で典道をにらみ付ける母の表情が、印象的でした。
昔は、単純に、
『怖い顔・・・』
と思って見ていたわたし。
でも、わたしも歳をとって、ある程度大人になったからでしょうか。
なずなの母の、その瞬間の気持が何となく判る・・・先日、そのシーンを見て、改めてそう思いました。
『裏切られるの、血筋みたい』
どんな事情があったかは、なずなの台詞から憶測するしかありません。
裏切られた・・・と感じ、恐らくは精神的にも余裕をなくしていたその時に、娘までもが、家出まがいのことを。
どいつもこいつも、みんな勝手なことをして・・・!
親の事情に振り回されるなずなにも、なずなの言い分と気持があります。
しかし、家庭内の人間関係に傷付いていた母にもまた、母の気持があります。
物語は、なずなや典道の気持や行動をメインに語られています。
が、屹っと典道を睨みつけたシーン。
あれは、なずなの物語の背後にある、母の、切羽詰まった心情や事情を雄弁に語った一瞬だった・・・そう思えてなりません。
2004.07
